田中みな実じゃなくてもいいんですが、美容マスター的に売っている美人がね、彼女たちが悪いとは思ってないけど現実を突きつけているように思えてならない。
田中みな実のパーソナリティはけっこう好きで、ああいうしたたかな女はいいなと思ってるので、好き嫌いの話ではありません。
何が真理なのかといいますと。
例えばおきれいですよね〜って言われたら「努力してますから!」って言うじゃないですか。
実際美というのは元だけじゃなくて手間とお金をかけて作られるものだというのはとてもよく理解しているし、彼女が一般人の何倍も美に関して努力しているのは本当だと思います。
でも、彼女が生まれた時から他の人間に比べて圧倒的に有利だったのは変えようのない事実なんですよね。
例えば完璧な美というものが数値で表せたとして、10点満点としましょう。
元から顔立ちやスタイルがいい人、肌や髪が健康な人というのは元の時点で既に他の人よりも得点が高いです。これはおそらく世の中の全員が理解していることだと思います。この時点で普通の人が1〜3点だとしたら4〜5点くらいはあると思います。
問題はここからです。美は作られるものなので加点されていきます。
スキンケア、ヘアケア、化粧などそれぞれ追加ポイントがあり、大抵はやればやるほどきれいになります。
で、その加点は元がいいと等倍ではなく1.3倍とか、1.5倍とかで伸びていくと感じています。
元が1の人と3の人が基礎ポイントが2の全く同じケアをやったとしても、1の人は3になるだけですが3の人は倍率アップバフを持っているので5.5くらいになるんじゃないかと思うのです。
元がいいというのは、土台だけでなく倍率も有利になるんです。
天才的に頭がいい子が、ちょっと勉強をやらせたらぐんぐん伸びるのと一緒です。
で、伸びがよくそれが他人や世間にも認められると、人は努力の実感を得て次々と努力を重ねてゆけます。
こういう世の中の現実を感じ取っていると、果たして田中みな実の言う「努力してますから」はそのまま受け取っていい言葉なのだろうかと思います。
なぜなら、例えばそれを真に受けた女性が田中みな実と「同じ努力」をしたとしても、絶対に田中みな実と同じポイントにはなれないからです。土台も違うし、倍率も違うから追いつけないのです。
そしてさらに言うなら、このポイントは人によって上限があります。
この人の最高点は5点、この人は7点と予めある程度決まっているわけです。ソシャゲのキャラと一緒です。SSRはLv.90まで上げられるけどSRは80までとかそういう話です。
私の言いたいことが伝わったでしょうか…
田中みな実は美人ポイント9だとして、9でいいですよねぇ〜と言われて「努力してますから」と言っているわけです。
本当は、土台も倍率も上限も違うのにまるで等倍で上限の低い一般人も、彼女と同じくらい頑張れば彼女のようになれるように聞こえます。ここが罪深いと思うんですよね。
でも、土台や倍率や上限が高い恵まれてる人間は基本的に恵まれてることをそこまで理解してません。
もちろん土台が高いことはわかっているでしょうが、自分の努力は等倍だと思っています。
あるいは、薄々わかっていても気づかないふりをしているのかもしれません。
これが世の中の、美容以外でもなんの世界でも同じ真理だと思うんです。
つまり、才能とか生まれってやつなのだけど、上にいる人間は下の人間は努力をしてないせいで自分と同じレベルにいないと考えているし、下の人間は構造を理解していても仕組みを作る側になれないので溝が埋まらないのです。
それでもやっぱり、1の人が5になりたかったら5になれるだけ努力をするしかないんですけどね。
これが才能の正体なんだなと思った田中みな実の発言でした。