①将来後悔するかもという呪いを植え付ける
代表例:「30年後に後悔する」「老後寂しい人生を送ることになる」
これは私の実父もそうだし、何らかの理由で適齢期の人間に子どもを産ませたい人間がよく使う手段。
あくまで「かも」なので可能性がなくならないし、誰も真の意味で否定出来ないというノーカウンタープレイに見える代物。
私も若干思うところはあるが、そもそもこの戦法を取る人間は自分はノーリスクなことがほとんど。無責任に他人に時間と金と自己実現の機会を消費させ、なおかつ後悔するかもという不安を煽ることで自分の思い通りに他人を動かそうとするろくでもない人間が言うことに惑わされる必要はない。
とは言ったって不安は無くならないよねというのはそうなんだけど、結局人は自分が選んだ道を正解にしていくしかなく、どんな選択をしたって後悔はあるし、自己肯定もある。得られるものも、失うものも、どんな道にだってある。全てがお得な道などない。どんな道を選んだって後悔するのなら、そんな無責任で不安を煽って他人を支配しようとする傲慢な人間の言葉に惑わされず、自分の気持ちと向き合って決めるべきだと思う。
という意見を持っている私には効かない方法だった。次。
②罪悪感を煽る
これは実の親と、インターネット上よく見る言説。代表例:「孫の顔が見たいのに…」「子なしはフリーライダー」
そもそも子どもの人生は親のものではないし、勝手に産んで勝手に期待するのはいいが、育ててもらったお礼に子どもを産む義務は子にはない。百歩譲って親が育てるから産むだけはしてほしいとか、逆に子どもを産んでほしいではなく自分を介護をして欲しいだとかであれば議論にはなるかと思う。
また、本当の意味で他人に頼っていない人間などいない。大半の国民は税金を多く納めている高額納税者にフリーではないがライドはしている(平均的な年収なら「払った額より受けるサービスのほうが多い、得をしている」方)し、そもそも仮に年金の話をするなら、自分が過去に払った額に応じて出るのだから少なくともフリーではない。配賦方式である以上確かに配賦されるのはその時の納税者が納めた税金だけど、権利確定が自分が納めた税金を元にされているのだからその権利をタダで得ているとは言えない。もちろん、そもそも配賦される元の納税総額が誰かが産んで育てた子どもによって増えるというのは事実だけど、公的サービスを受ける条件として子どもを産み育てないといけないという法律はなく、子を持つかどうかは個人の選択によるものであるから、それを「やっていない奴はずるい」というなら自分もやらなければいいだけ。理由はともあれ自分で勝手にやると決めてやったことに対して他人にも責任を求めるのはおかしい。「そういう人が増えたら国は滅びる」と言う人がたまにいるけど、現代において国という仕組みは大抵の場合民衆がその土地で住みやすくするための機構であって、国を存続させることが民意であるなら子どもを産む能力がある人間にそれを強いる法律を作ればいい。でも作れないのはそれが民意ではないから。「自分が子どもを産み育てなきゃ国が滅びるから」という勝手な義務感で行ったことを他人にも強いることはおかしいと気づいた方がいい。
また、物理的な労働力製造の面でライドしているという言説もあるが、そもそも古来から労働力は基本的に金で買うものであるから、需給のバランスで大幅に値上がりという可能性はあるにせよ、金が出せるならフリーでもライドでもない。そこには需要に対して供給があるだけ。金がないなら労働力にアクセス出来ない、金があればアクセスできる。そこに自分の子どもを持っているかどうかは関係ない。強いて言うなら自分の子どもがいれば無料で助けてくれることもあろうから、そういうお得さが好きな人は子育てをすればいいと思う。
罪悪感を煽る戦法は上記のようにロジックが破綻しているため、私には効かなかった。
③本能に頼る
母性本能だとか、自分の子孫を増やしたいだとか、そういったものに頼るやり方。
でも先進国になればなるほど、人は本能から遠ざかっていく。思考や理性が勝っていく。
これを他人が煽るにはおそらく極めて原始的な生活に逆戻りさせるしかないと思う。そんな世の中誰が望んでいる?
④社会的地位を強調する
これは効能が圧倒的に下がってきている。子どもがいて一人前の大人という考え方は、0とは言わないが数十年前に比べて圧倒的に劣勢になっている。個人主義社会の到来。②の罪悪感を煽るでも書いたけど、義務感で子どもを持つ人は一定数いるものと思うけれども、悲しいかなそれで社会的に評価されることは現代においてはあまりない。
⑤社会で子どもを育てる
自分の中ではやっぱりこれかなと思う。子どもが欲しくない人はいろんな理由があると思うけど、多分大半の人は私と似たような形でリスクを恐れているんだと思う。あるいは、得るものより失うものの方が大きいと判断されているんだと思う。
もし、子どもを産んでくれたら子どもを育てる費用は全部社会で負担するし、親が仕事をしている間は社会で面倒を見るから仕事をセーブする必要はないし、仮に特別なケアが必要な子が産まれたとしても社会的な仕組みで救済するよ、親が面倒を見る必要はないよ、であれば産む人はものすごく増える。私だってそれなら産む。別に自分の子どもが見たくないわけじゃないからね。中途半端にキャリアがあったりするせいで、それを失うのが怖いだけ。
いいやそういうリスクやデメリットを上回る良さが子どもにはある!のかもしれないけど、伝わっていない。し、リスクを気にしている人間にはやはりリスクを消してあげることが一番のボトルネック解消になる。それが出来ていないから子どもが減っている。
でもさ、社会で面倒を見ることになったら私だって他人の子を見るようになるわけで、やっぱりそれは望んでいないんだよな。多少お金を負担するくらいはわけないけどさ。