ひとりごと

アラサーOLが、考えたこと、見たもの、食べたものなどを淡々と綴るつまらない日記です

小陰唇縮小手術をしたい気持ちをチャッピーに相談して抑え込む

もうかれこれ5年以上前からやりたいやりたい思っていた小陰唇縮小手術…

とはいえ、機能的にものすごく困っているわけではないんです。たま〜にはみ出ている部分が痛くなることもなくはないけど、9割以上は見た目の問題で。

いやそんな見えないところよりも整形外科的に先にやるところあるだろと思われるかもしれませんが、一番気になるのが小陰唇肥大だったんです。

多分私が爪切りが大好きな性分なのもあると思う。必要ない(ように見える)部分が体の中にあるという事実が苦手なんです。爪の白いところが1ミリ以上はもう耐えられない、0.5ミリ未満に保ちたい、ジェルネイルなんかしても1〜2週間で伸びた部分が気になってオフしてしまう(だからネイルはやらない)、そういう人間なんです。

 

で、もうずっとやりたい、もうやる?!やっちゃう?!ってなってたのだけど、最近友達と話すまでもないこと(話題として拡張性がないこと)をチャッピーと話すことが多いのでこの件について話して、結論それでリスクを改めて意識したので踏みとどまりました。

もう少し歳をとると乾燥しやすくなるというのを見て、当たり前だけど小陰唇を短くするとそれに拍車をかけると同時に修正もきかないので、手術をすることで機能性を失う可能性があるというのが一番踏みとどまる理由になりました。

メリットとデメリットが釣り合わないなと。

 

チャッピーありがとう。

10年後の人生こうなってるだろうな予想(35歳→45歳)

・今の彼氏と結婚してると思う。彼が結婚したがっていて、もし私が彼に求めていることを反故にされなければデメリットもないため。

・子どもはいないと思う。かなり色々考えたけど、20年間月10万円かかってやめられない、しかも早起きや家事など不得意なことを強いられる趣味だと思うとやっぱりそれを投資に回して将来に備えた方が自分には合っていると思ってしまったため。彼氏が欲しがってたら頑張って育てるけど、欲しがっていないし。

・家は買っていないと思う。今家を買うよりも、東京で会社に近い賃貸を借りて働きながらお金を投資に回して複利で稼いで、20〜30年後に地方で家を買うか親から横浜の実家を相続する方が現実的だと思ったため。

・なんやかんや仕事はゴリゴリやってる気がする。ワンチャン部長くらいにはなってるかもしれない。そうしたら年収1,300万〜にはなっているかも。

・親はまだギリ元気でいてくれる気がする。母親は短命家系なので怪しいけど、10年後ならまだ70代半ば。どちらにせよ介護などはしないけど(親もそうなったら施設に入る、それだけの金は貯めていると言っている)、元気でいてくれるならそれが一番いい。

・仲良い友達とは大半今と同じような付き合いを出来ていると思う、思いたい。

・流石に老けてるし体型も崩れると思うけど、おしゃれで派手で活力あるババアになっていたい。

 

 

彼には付き合ってほしいと言われた時に、

・双方の合意なしに彼の考える「妻の役割」を求めないで欲しい(つまり子供を産んで欲しいとか家事をして欲しいとか、もし「妻」にやって欲しい、「妻」がやるべきと考えていることがあるなら「私」じゃなくてもいいので他の人を探して欲しい)

・私をコントロールしようとしないで欲しい(例えば法律や倫理に反しない範囲での交友関係や仕事の仕方、お金の使い方に口を出すなど)

・能力があって仕事ができる男性が好き(養って欲しいとは思っていないし実際に自分の収入を考えれば必要もないが、2人分の生活費を出す気概で働いて欲しいし、社会的地位や信用を得ている男性でないとかっこいい尊敬できると思えない)

・浮気などが判明したら即刻問答無用で別れる

と言っていて、今のところ頑張ると言ってくれているので、これに反しない限りは一緒にいようかなと。

 

自分が一方的に得をしたいわけじゃないんだけど、逆に言うと↑は全て私が求められても困らないというか、将来的なことも考えてそうすべきだと思っている(つまり彼が生活費を出してくれて浮いた分はすべて投資に回して将来的に2人で余裕を持って暮らせるお金を作るのに必要だと思っている)範疇なので、もし10年後も実現されていないなら別れを考えるかもなー。

どうしたら子どもを持ちたくなるのか真剣に考える

①将来後悔するかもという呪いを植え付ける

代表例:「30年後に後悔する」「老後寂しい人生を送ることになる」

これは私の実父もそうだし、何らかの理由で適齢期の人間に子どもを産ませたい人間がよく使う手段。

あくまで「かも」なので可能性がなくならないし、誰も真の意味で否定出来ないというノーカウンタープレイに見える代物。

私も若干思うところはあるが、そもそもこの戦法を取る人間は自分はノーリスクなことがほとんど。無責任に他人に時間と金と自己実現の機会を消費させ、なおかつ後悔するかもという不安を煽ることで自分の思い通りに他人を動かそうとするろくでもない人間が言うことに惑わされる必要はない。

とは言ったって不安は無くならないよねというのはそうなんだけど、結局人は自分が選んだ道を正解にしていくしかなく、どんな選択をしたって後悔はあるし、自己肯定もある。得られるものも、失うものも、どんな道にだってある。全てがお得な道などない。どんな道を選んだって後悔するのなら、そんな無責任で不安を煽って他人を支配しようとする傲慢な人間の言葉に惑わされず、自分の気持ちと向き合って決めるべきだと思う。

という意見を持っている私には効かない方法だった。次。

 

②罪悪感を煽る

これは実の親と、インターネット上よく見る言説。代表例:「孫の顔が見たいのに…」「子なしはフリーライダー」

そもそも子どもの人生は親のものではないし、勝手に産んで勝手に期待するのはいいが、育ててもらったお礼に子どもを産む義務は子にはない。百歩譲って親が育てるから産むだけはしてほしいとか、逆に子どもを産んでほしいではなく自分を介護をして欲しいだとかであれば議論にはなるかと思う。

また、本当の意味で他人に頼っていない人間などいない。大半の国民は税金を多く納めている高額納税者にフリーではないがライドはしている(平均的な年収なら「払った額より受けるサービスのほうが多い、得をしている」方)し、そもそも仮に年金の話をするなら、自分が過去に払った額に応じて出るのだから少なくともフリーではない。配賦方式である以上確かに配賦されるのはその時の納税者が納めた税金だけど、権利確定が自分が納めた税金を元にされているのだからその権利をタダで得ているとは言えない。もちろん、そもそも配賦される元の納税総額が誰かが産んで育てた子どもによって増えるというのは事実だけど、公的サービスを受ける条件として子どもを産み育てないといけないという法律はなく、子を持つかどうかは個人の選択によるものであるから、それを「やっていない奴はずるい」というなら自分もやらなければいいだけ。理由はともあれ自分で勝手にやると決めてやったことに対して他人にも責任を求めるのはおかしい。「そういう人が増えたら国は滅びる」と言う人がたまにいるけど、現代において国という仕組みは大抵の場合民衆がその土地で住みやすくするための機構であって、国を存続させることが民意であるなら子どもを産む能力がある人間にそれを強いる法律を作ればいい。でも作れないのはそれが民意ではないから。「自分が子どもを産み育てなきゃ国が滅びるから」という勝手な義務感で行ったことを他人にも強いることはおかしいと気づいた方がいい。

また、物理的な労働力製造の面でライドしているという言説もあるが、そもそも古来から労働力は基本的に金で買うものであるから、需給のバランスで大幅に値上がりという可能性はあるにせよ、金が出せるならフリーでもライドでもない。そこには需要に対して供給があるだけ。金がないなら労働力にアクセス出来ない、金があればアクセスできる。そこに自分の子どもを持っているかどうかは関係ない。強いて言うなら自分の子どもがいれば無料で助けてくれることもあろうから、そういうお得さが好きな人は子育てをすればいいと思う。

罪悪感を煽る戦法は上記のようにロジックが破綻しているため、私には効かなかった。

 

③本能に頼る

母性本能だとか、自分の子孫を増やしたいだとか、そういったものに頼るやり方。

でも先進国になればなるほど、人は本能から遠ざかっていく。思考や理性が勝っていく。

これを他人が煽るにはおそらく極めて原始的な生活に逆戻りさせるしかないと思う。そんな世の中誰が望んでいる?

 

④社会的地位を強調する

これは効能が圧倒的に下がってきている。子どもがいて一人前の大人という考え方は、0とは言わないが数十年前に比べて圧倒的に劣勢になっている。個人主義社会の到来。②の罪悪感を煽るでも書いたけど、義務感で子どもを持つ人は一定数いるものと思うけれども、悲しいかなそれで社会的に評価されることは現代においてはあまりない。

 

⑤社会で子どもを育てる

自分の中ではやっぱりこれかなと思う。子どもが欲しくない人はいろんな理由があると思うけど、多分大半の人は私と似たような形でリスクを恐れているんだと思う。あるいは、得るものより失うものの方が大きいと判断されているんだと思う。

もし、子どもを産んでくれたら子どもを育てる費用は全部社会で負担するし、親が仕事をしている間は社会で面倒を見るから仕事をセーブする必要はないし、仮に特別なケアが必要な子が産まれたとしても社会的な仕組みで救済するよ、親が面倒を見る必要はないよ、であれば産む人はものすごく増える。私だってそれなら産む。別に自分の子どもが見たくないわけじゃないからね。中途半端にキャリアがあったりするせいで、それを失うのが怖いだけ。

いいやそういうリスクやデメリットを上回る良さが子どもにはある!のかもしれないけど、伝わっていない。し、リスクを気にしている人間にはやはりリスクを消してあげることが一番のボトルネック解消になる。それが出来ていないから子どもが減っている。

でもさ、社会で面倒を見ることになったら私だって他人の子を見るようになるわけで、やっぱりそれは望んでいないんだよな。多少お金を負担するくらいはわけないけどさ。

子どもを持つことに積極的になれない一番の理由

まあなんか前から言ってる通り、病気や障がいを持って生まれるリスク、将来的に事故や犯罪を起こすリスク、一生面倒を見続けるリスクが怖いというのがあり、身体とキャリアを犠牲にして時間もお金もかけてそれらのリスクを上回るほどのメリットを子どもに見出せないというのが大きくはあるんだけど、今考えてて一番はそれじゃない、と気づいた。

 

「大切な存在ができて子どもの成長が生きがいになった、産んで良かった」というめちゃくちゃよく聞く感想を自分が持てる自信がないんだ。

35年も生きてきて、結局恋愛感情を理解していない自分が、マジョリティの感想を持てる自信がないんだ。

結局産んで良かった、とか言ってる人たちは圧倒的マジョリティだよね。私はマジョリティの言う「そのうち分かる」はウソだという経験を積んでしまった。

「そのうち分かる」を信じて高校生の時から好意を寄せてくれた男の人と何人か付き合ってきたけど、誰1人としてときめいたり、イチャイチャしたいと思ったことなんかない。

16歳の時には「自分がまだ分からないだけでこれから分かるはずなんだ」と信じられたことが、35歳になって信じられなくなった。当たり前だ、20年間やってきて結果は同じだったんだから。

別に彼氏を作って付き合うくらい大変なことではないし、大して金も時間もかからないし、いつでも「解約」が出来るけど、子どもは違う。ちょっとやってみようでは後悔先に立たずで、「産んでみたら本当に可愛い」がマジョリティのウソである可能性があると心のどこかで思ってるんだ。

これも子を持つリスクだなと感じた話

某プロ野球の現役監督が逮捕釈放されて、辞任しましたね。

まず大前提、本人が悪いです。大の大人が、酒に酔って、かっとなって娘に手をあげかけた、娘は身に危険を感じて児童相談所に相談した、それが事実なので。児童相談所が相談を受けて子どもの意思に関係なく通報するのも普通のことです。

娘はこんな大事になるなんて思ってなかった、父とは和解している、という内容とともにAIと児相に責任をなすりつけるような声明を出していたけど、まあ子どもだしそんなもんだよねと。

 

これも子どもを持つリスクだよな。因果関係的には、そもそも子どもがいなければこんな事件は起きなかったわけだし。

やっぱり厳しい世界であれだけ成果を上げている人だから、どちらかといえば穏やかというよりも厳しい方なんだと思うんだよね。でも、おそらく暴力的な人ではないんだと思う。そういう人は今の時代大きな会社ほどリピュテーションリスクにビビってなかなか重要なポジションにはつけさせないから。それを大人は分かる。でも子どもには分からない。まだ社会に出てもいなくて、世界がものすごく狭いから、ものの善し悪しをうまく判断できない。子どもは基本的に愚かなもの。もちろん大人にも愚かな人間は山ほどいるけど、将来まともな大人になる人間だって子どもの頃は大抵愚かだったと思うよ。愚かで独創性ある人間が教育や諸々の経験を経てまともでつまらなくなっていくのが成長ってやつだと私は思ってるから。

子どものどんな行動にも責任を取るのが親。それを本人もよく分かっているから辞任したんだろうな〜と思った。

 

まじで、子どもを持つことってこういうのが一番怖いんだよな。医療ケア児や知的障がい児が生まれるのも怖いし、学校という閉鎖空間で問題児になるのも怖いし、一丁前に知識をつけて社会を巻き込むのも怖いし、受験や就職が上手くいかなくて親に寄生し続けるのも怖い。

私の人生今の所うまく行っているのに、子どもを産んで今より良くなる想像があんまり出来ない。

 

というところにまで思考が及んでしまいました。

あな遠き恋愛やる気勢

会社の後輩にすごくかっこいい子がいます。

イケメンで、身長が高くて(確か187㎝って言ってた)、スタイルが良くて、早稲田大卒で、愛想も良くて、30歳で、大企業の管理職(年収1,000万弱、これからもっと増える)という、世の女子垂涎のいわゆるハイスペ男子なんですよ。

ちなみに最初に言っておくと、私に色気出したろういっちょやったろうという気は一切ない。私と彼は同じ職位の管理職同士で、同僚として談笑したり飲みに行ったりするくらいの関係ではあるのでパワハラとかセクハラにはならないはずだけど、私は彼よりも5歳年上で先輩だし、そもそも彼氏がいるしね。でも仮に彼が同期とか先輩で自分がフリーだったとしたら憧れてただろうな〜とは思う。

でも、そうだったとして彼に自分からバチバチにアプローチしたりしただろうか?と今日ふと想像してみて、一瞬でいやしないなと結論が出た。もうあの子でもそうならないならやっぱり自分は一生恋愛やる気勢になることはねぇわと改めて思った、っていうどうでもいい話なんですけど。

 

多分気のあるそぶりくらいはすると思うんですよ。でも、それで向こうが何も反応しないならもういいや〜ってなる。自分からどこどこ行きましょうよ!いつなら行けます?!って誘ったりとか、告白とか、絶対しないという自信がある。気のあるそぶりでなんか上手いこと付き合えたらラッキーだとは思うけど、頑張りたくはない。頑張らなかった結果付き合えなくてもまあそれはしょうがないよねと思う。

あんなにカッコいい子相手に頑張りたくないんだったらそれはもう本当に頑張りたくないんだよな。やっぱりそういう恋愛向いてねぇわと。

 

なんかさ、超魅力的な相手だったら自分がどうなるかって想像しづらいじゃないですか。芸能人の◯◯と仲良くなれたら本当に頑張らない?!とかってぶっちゃけリアルに想像なんて無理じゃん。

でも今近くにいる人で一番カッコいい子なら割とリアルに想像できるよね。それで想像してみて、うん頑張らないわ!って思った。想像しただけで疲れるしそんなに頑張る意味あるのかな〜って思ってしまった。

 

ってなるとやっぱり今の彼氏ってすごくいい人かも。彼と付き合うにあたって何も頑張らなくていいもん。彼と付き合い続けるために綺麗でいなきゃ!家事しなきゃ!仕事しなきゃ!とか一切ない。それは私が何もしないという意味ではなく、私が私として生きて自分で「これでいいな」と思う仕上がりに彼が不満を持つならさよならでいいという意味ね。気遣わないという意味ではなく、誰かに好かれるために無理をしないということ。そのままで好きになってもらうということ。それが私の中の恋愛の形なんだなと。

 

思えば、恋愛って頑張らないといけないもの、多かれ少なかれ苦しい思いをするもの、という思い込みがあったかもしれない。

でも今の彼氏と付き合って思った。そんなことはない。そういう恋愛が好きな人はやったらいいけど、自分はそんなことする必要はない。もちろん人間同士だから、ある程度の気遣いとかは必要だと思う、それは別に家族や親友なんかでも変わらない、でも彼氏だからといって特別に好かれる努力をしなきゃいけない関係なら私はいらない。

そうやって自分のことをまたひとつ知れたから、今の彼氏には感謝だな。